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戦士

 其れがしは、この連休中は、連日仕事でござる。そんな最中。
 先日急に、機動戦士ガンダムの「哀・戦士」が見たくなり、DVDおばレンタル致したのでござる。

 部下の生活を慮るランバラルと、彼を慕う隊員たちの愚直なまでの姿と言葉は、感銘感慨を禁じ得ず、闘争の行為は人の心に、寂寞たる虚しさと悲嘆のみしか生まぬ。この作品は左様な事を詠う哀歌と改めて感じ入り仕った次第でござる。



 時に今日、優秀な兵士の「死」を知る事となったのでござります。
 彼の名はDan Kohlstrom。
 

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其れがしの御館様と殊に、仲の御宜しゅう方でござりました。

 享年38才。誠に若すぎる死でござる。

 時を遡る事、5年前。
 
 沖縄の1stSFGが非公式採用ながら、訓練用に東京マルイ製の「M4カービンR.I.S」を使用したいと、Dan氏から御館様にご相談があり、其れがしは御用命を賜り、mason氏に御相談を致したと言う次第がござりました。
 その時のDan氏からの要求スペックは、アルミのフレーム化と、電源マウントの改案でござったのです。
 して、ご用命の種子島・・・もとい、モデファイM4の数、ざっと30挺。
 計画はある時点までは順調に推移致しておったのでござるが、2004に起こりし、フィリピンでの大津波により、沖縄からSFGが救援活動に向う事となり、Dan氏も彼の地に向われたのでござる。
 SFGの救援活動はその実、対テロ戦争において、フィリピンのアブサヤフ掃討が主眼でござった事と、2005より1stSFGの展開がより広範に及び出した事から、Dan氏の活動は多忙を極めて行ったのでござる。
 よってモデファイM4のプロジェクトは、宙に浮いた状況とあいなり、モデファイM4プロジェクトのスピンオフとして世に出たのがM4エンハンスド・ストックVerだったのでござる。

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 ここ最近のDan氏はBlack Waterと契約され、アフリカのマリ等、様々な場所で活躍されていたようで、最後はアフガニスタンだったそうでござる。

 其れがしがライターをしていた頃、Aマガジンの2002年の6月号てグリーンベレー特集があり、写真選定とキャプ付けを其れがしが承った仔細がござります。
 その時、一際印象的だったのがDan氏でござった。
 当時日本では知られていなかった、セミスナイパーライフルの「SPR」を携え、LBTのチェストリグを付け無線機アンテナを処理している、サングラスがこの上なく似合ったSFG隊員・・・
 それがDan氏であり、見開きのコラージュを造った際も彼だけは存分に拡大したのでござる。

 

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 其れがし、今は只々、Dan氏のご冥福を心より御祈り致すばかり。
 
 それは、異国の秀抜たる戦士への衷心にござれば、図らずとも切々たる哀歌に他なりませぬ。
 さても悲しいものでござりますな。「死」というのは。
 
by mononofu009 | 2009-09-22 21:44 | ミリタリーの話